13札所大日寺から20番鶴林寺まで(2日間)

13番札所から20番までは徳島市内経由コースと市内を迂回するコースがあります。
市内経由で44.7km、迂回コースで43kmどちらを選ぶか?
歩き遍路で疲れが溜まっています、この時に徳島市内に入ると里心が湧くようです。
ここで脱落する歩き遍路が多いとか。
従い特別な用事のない限り迂回コースを進みましょう。都会の雑踏は歩き遍路には合いません。
郊外の緑の中をゆっくり、着実に進みましょう。
13番を過ぎると17番まではどこの距離も3km以内ですが、無理をしないで20番の遍路ころがしに備えましょう。
野宿は19番近辺で探し、充分な睡眠をとり明日に備えましょう。
翌日の20番鶴林寺への山道は距離が短いですが500m程の急な上りです、数kmの道ですが歯を食いしばり頑張りましょう。

<野宿の装備;リュック>

歩き遍路に使用するリュックは重要なアイテムです。軽く、丈夫で、背負い良い、この3項目は相反するものですのでリュック選びは重要です。
リュックの大きさはテント、寝袋、マット、着替えが入るギリギリの大きさにします。大きなリュックを選ぶとそれだけ余計な荷物が増えます。歩き遍路の先達の日記を拝見すると途中で余計な荷物
を宅急便で自宅に返送した。という記述が多い。風太くんは32Lのノースフェイス カイルス32を選びました。
約1kg、腰ベルトもしっかりしています。リュックは肩だけで背負うものでなく、肩・腰で支えるものです。腰ベルトが重要です。野宿遍路にはギリギリのサイズですが、その分荷物が厳選できるものです。


<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所はKMLファイルに入っています>

13大日寺(だいにちじ)
徳島県徳島市一宮町に位置する寺院。大師がこの地で護摩修法をされている時、大日如来が示現し一宇の建立を告げられた。そこで大師は大日如来を刻み本尊として大日寺とした、諸国に一ノ宮(神社)が建てられた時に別当寺としてその管理にあたった。一ノ宮の本地仏は行基菩薩作の十一面観世音菩薩だが、明治の神仏分離に当たり、十一面観世音を大日寺に移遷し、本尊とした。この為、現在は大日如来が脇仏となっている。
四国三十三観音霊場第五番札所。大栗山(おおぐりざん)、花蔵院(けぞういん)と号す。宗派は真言宗大覚寺派、本尊は十一面観音。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:阿波の国一の宮とは ゆうだすき かけて頼めや この世のちの世
           
14常楽寺(じょうらくじ)
徳島県徳島市国府町延命に位置する寺院。大師がこの地で修行されている時、弥勒菩薩を感得され、尊像を刻み堂宇を建立した。そして「私が目を閉じたら必ず弥勒菩薩のおられる理想の世界に往生して、56億余年後に弥勒菩薩に従ってこの世にまいり、
私の歩いた跡をたどりたい」と言われたという。大師は弥勒菩薩を厚く信仰しておられた。
盛寿山(せいじゅさん)、延命院(えんめいいん)と号す。宗派は高野山真言宗、本尊は弥勒菩薩である。四国八十八箇所で本尊を弥勒菩薩とするのは本寺だけである。
本尊真言:おん まいたれいや そわか
御詠歌:常楽の岸にはいつか至らまし弘誓の船に乗りおくれずば
 15阿波国分寺(あわこくぶんじ)
徳島県徳島市国府町矢野に位置する寺院。聖武天皇の命により建立された国分寺の一つ、天平13年に建立されご本尊は行基菩薩作の薬師如来。当初は法相宗であったが、大師が留錫して真言宗になった。その後江戸時代に再建されて曹洞宗に改宗された。境内に入ると創建当時の塔の心礎があり当時の大寺としての面影さえうかがわれる。札所寺院としては単に国分寺と呼ぶのが通例である。薬王山(やくおうさん)、金色院(こんじきいん)と号す。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:薄く濃く分け分け色を染めぬれば流転生死の秋のもみじ葉

16観音寺(かんのんじ)
徳島県徳島市国府町観音寺に位置する寺院。聖武天皇の勅願の道場として創建された。大師はご本尊の千手観世音菩薩と脇侍の不像明王、毘沙門天を刻み安置した。領主の蜂須賀氏の信仰が厚く現在の堂宇はその頃再建された。宗派は高野山真言宗、光耀山(こうようざん)、千手院(せんじゅいん)と号す。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌;忘れずも 導き給え 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ
(野宿地)
栄タクシー善根宿


17井戸寺(いどじ)
徳島県徳島市国府町井戸にある寺院。宗派は真言宗善通寺派。ご本尊の薬師如来は聖徳太子の作と伝わる。大師はご本尊を拝し修行され十一面観世音菩薩を刻まれて安置した。そしてこの地の水不足を憂いて、錫杖で井戸を掘られたら清水が湧き出て大師の御姿を映された、そこで大師は自身の姿を石に刻まれた。面影の井戸の言われです。この井戸を覗いて姿が映れば無病息災といわれる。瑠璃山(るりざん)、真福院(しんぷくいん)と号す。本尊は薬師仏を中心に1体、左右に3体ずつ安置した七仏薬師如来で、聖徳太子作と伝えられている。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:面影を映して見れば井戸の水結べば胸の垢や落ちなん
(野宿適地)
袋井用水水源公園
Rひまわり
地蔵院前休憩所
乙女の湯駐車場
勝浦橋東屋
R西岡
徳島県文化の森総合公園
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18恩山寺(おんざんじ)
徳島県小松島市田野町にある高野山真言宗の寺院である。聖徳太子の勅願により行基菩薩が薬師如来を刻み開基し、女人禁制とした。その後大師がこの寺に留まったが、母君にお会いできなかったそこで秘法を修して女人解禁の祈念を成就して母君を伴い登山し母君の珠依御前に日夜孝養を尽くされた。母養山(ぼようざん)宝樹院(ほうじゅいん)と号する。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:子を生めるその父母の恩山寺訪らひ難きことはあらじな



19立江寺(たつえじ)
徳島県小松島市立江町にある高野山真言宗の寺院。四国88箇所の関所の一つ罪人や邪心を持った人は関所で大師の御咎めを受けるという。「お京塚」の話が有名。聖武天皇の勅願所として行基菩薩が開基し5cmの地蔵菩薩を作られたが後に大師が延命地蔵菩薩を刻み胎内にその像を収めた。
橋池山(きょうちさん)、摩尼院(まにいん)と号する。
本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか
御詠歌:いつかさて西の住まいのわが立江弘誓の舟に乗りていたらむ
(野宿適地)
ガソリンスタンド裏
法泉寺前バス停横プレハブ
深江大師の里 山村さん
道の駅ひなの里かつうら
星谷運動公園

20鶴林寺(かくりんじ)
徳島県勝浦郡勝浦町にある高野山真言宗の寺院である。この寺で修行した大師は黄金の地蔵菩薩が老杉の梢に降臨し、それを2羽の鶴が翼を翳して守っているのを見た。大師は直ちに1m程の地蔵菩薩を刻み胎内のその黄金像を安置した。霊鷲山(りょうじゅさん)、宝珠院(ほうじゅいん)と号する。地元の人や遍路からは「お鶴さん」と呼ばれ親しまれているが、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と並び称される阿波の難所の一つで、標高570mの山頂までの表参道は「へんろころがし」といわれる急傾斜の山道である。
本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか
御詠歌:茂りつる鶴の林を導にて大師ぞいます地蔵帝釈

KMLファイルを開きダウンロードすればGoogle Earthでバーチャル遍路をお楽しみ頂けます>
ルート情報13番~20番(徳島市内経由)KMLファイル

ルート情報13番~20番(市内迂回コース)KMLファイル