四国88箇所野宿遍路参加要項

皆さん初めまして。本バーチャルお遍路の先達の風太くんです。
皆様方と一緒に野宿遍路を楽しみます。
野宿遍路参加に当たっては以下のルールをお守りください。
<本野宿遍路の参加のルール>
1.野宿に徹する事。
  四国88箇所遍路は物見遊山ではありません、厳しい修行の場です。
  御大師様と同行2人、平安時代当初の通り野宿に徹します。
     宿泊施設に泊まる事はもっての外、但し、善根宿・通夜堂などは修行の一環として利用は許可します。
      ①野宿時は近所の皆様に声を掛け許可を貰う事。
         ②お遍路同志譲り合う精神を忘れずに。
         ③立ち去る時は「来た時より美しく」をモットーに清掃・ゴミの持ち帰りを徹底する事。
2.温泉、銭湯等の利用   
    歩き遍路は一日平均20Kmは歩きますので汗も掻きます。
    服も汚れます。温泉・銭湯は三日に一回は入る事。
  又コインランドリーなどを利用し清潔を保つこと。

3.食事
  自炊がベストであるが、荷が重くなり長丁場では堪えます。コンビニ・食堂の利用はOkです。

4.作法通りの参拝、読経、納経をする。

  一番大事な事です。最後には「東北大震災に合われた方の一日でも早い回復と世界平和」を祈願しましょう。

5.お遍路三信条を守る事

①摂取不捨の御誓願を信じ、同行二人の信仰に励みましょう。

「悩めるもの、苦しむものが最後の一人になるまで救い尽くすであろう」
という弘法大師のお言葉を信じ、巡拝中は、常に「お大師さま」と共に寝食をする思いでお参りしましょう。

②何事も修行とこころえ愚痴、妄言をつつしみましょう。

「千年の功徳もわずかの怒りに消える」とお経に説かれています。
遍路は楽しいことばかりではありません。何事も試練、修行と受け止めましょう。

③現世利益の霊験を信じ、八十八使の煩悩を消滅しましょう。

いかなる人も、この世で救われることを信じ、八十八の煩悩を転じて、悟りの世界にはいるよう功徳を積みましょう。

南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛
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<使用ソフト> Google Earth  無料ソフトです。このソフトによりバーチャルお遍路をお楽みください。
         カシミール3D   無料ソフトです。本ブログで使用するルート情報を
                                                       GPSにアップロードしたり、ルート編集に便利です。
                                          以上 

それでは左の札所案内でお好きなコースを選びお始め下さい。

<参考文献> 遍路道保存協会編 「四国遍路ひとり歩き同行二人」(地図編) 小学館           
          四国お遍路バックパッキング JTBパブリッシング 
         四国88箇所歩き遍路の始め方」
         
         尚;ブログにアップするルート情報はGoogle Mapの歩き用ルート作成ツール
        および遍路道保存協会のルート図を参考の作成したものです。  
        情報には自信があります。実使用に耐えるものと確信しますが、
        実際の道路や場所の状況と異なることがありますのでその節はご容赦ください。

84番 屋島寺から88番 大窪寺まで(2日間コース)

いよいよ歩き遍路1200Kmの結願です。
84番から88番まで2日間コース、88番大窪寺に向かう7.8Km最後の難関、女体山越えが待ってます。
岩場の上り下りがあり、雨天は危険なコースです、勇気をもってはやる心を抑え迂回路を選ぶことも又、修行です。
迂回コース全長34.8Km,女体山越えコースは30.8Kmあります。
初日は前山キャンプ場でテント、翌日にお遍路交流サロンを訪れ歩き遍路の証明書「四国88箇所遍路大使任命書」を頂こう。
その時全コースを歩いたかと聞かれるが、堂々と胸を張って言いましょう、「全コース歩き通しました!!!」
四国88箇所を訪れるお遍路さんは年間30万人以上、その中で全コース歩き「お遍路大使」の証明書を入手出来るのは2500人程度です。
88番感激の結願、歩き始めた40数日前と比べ自信に満ち溢れた自分を発見する人もあります。煩悩は、心の闇は、----暫くは頭の中が真っ白、固まって動けないと思います。

風太くんの証明書です。
<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所情報はKMLファイルに入っています>

84屋島寺(やしまじ)
香川県高松市屋島東町にある真言宗御室派の寺院。来日した鑑真は大宰府を出発して難波へ向かったが途中屋島に立ち寄り北嶺に普賢堂を建てその弟子恵雲律師が堂宇を整備して住職になった。これが寺の草創で。後に弘法大師が勅命にて一夜の内に本堂を建立し、十一面観千手千眼観世音を刻んで安置した。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:梓弓 屋島の宮に詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ




八栗登山口(テント)

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85八栗寺(やくりじ)
香川県高松市牟礼町牟礼にある真言宗大覚寺派の寺院。ご本尊
弘法大師作の聖観世音菩薩。当初は千手観世院菩薩の小像を安置し千手院と称していた。大師は後に求聞持の法を修されている時、五柄の利剣が虚空から降ってきたので五剣山と名づけ、山頂から八か国が見えるので八国寺とした、又大師が入唐前に植えた八個の焼き栗が帰国後すべて生長繁茂していたので八栗寺に改められた。
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:煩悩を 胸の智火にて 八栗をば 修行者ならで 誰か知るべし

86志度寺(しどじ)
香川県さぬき市志度にある寺院。宗派は真言宗善通寺派で、四国八十八箇所霊場の第八十六番札所。詳名は補陀洛山清浄光院志度寺。本尊は十一面千手観世音菩薩謡曲『海人』で知られる「海女の玉取り伝説」が伝えられており、境内には「海女の墓」が五輪塔群として現存する。また、浄瑠璃の『花上野誉の石碑』(志渡寺の段/しどうじのだん)などの舞台にもなっている。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:いざさらば 今宵はここに 志度の寺 祈りの声を 耳に触れつつ
(野宿適地)
三ツ池公園東屋
志度駅

87長尾寺(ながおじ)
香川県さぬき市長尾西にある寺院。本尊は聖観世音菩薩。行基菩薩が巡錫の時道端の楊柳で聖観世音を刻み小堂を建てて安置したのが始まり。弘法大師は入唐するに当たり、ご本尊に祈願して護摩修法された。唐より帰朝してから大日経を一字一石の書写して入唐の大願成就を謝し万霊の供養塔を建てて修法された。宗派は天台宗(かつては真言宗だったが、天海により天台宗に改められた)。
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら 御名を唱えよ

(野宿適地)
鶴亀公園
Sからふろ
前山キャンプ場
遍路交流サロン
道の駅ながおトイレ前小屋
一夜庵

88大窪寺(おおくぼじ)
香川県さぬき市にある寺院。医王山(いおうざん)遍照光院(へんじょうこういん)大窪寺と号する。本尊は薬師如来。宗派は真言宗大覚寺派。
四国八十八箇所霊場の第八十八番札所であり、納経印は「結願所」(けちがんしょ)となっている。本寺では結願証明書(賞状)を有料で書いてもらうことができる。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:なむ薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は 大窪の寺



<KMLファイルを開きダウンロードすればGoogle Earthでバーチャル遍路をお楽しみ頂けます>

ルート情報84番から88番(迂回コース)KMLファイル

ルート情報84番から88番(女体山越え KMLファイル

79番 天皇寺から84番 屋島寺まで(2日間コース)

79番から84番まで46.9Km、2日間のコースです。
歩き遍路にとって市街地はやはり苦手ですね、山道はやはりいいですね!!
80番 國分寺から82番根来寺までは山道が続きます。81番へ上る道はややキツイ
ですが、逞しくなった足です、もう大丈夫でしょう。尾根沿いの開けた山道を歩くのは
実に爽快です。
今宵はゆっくり温泉に浸かった後で83番近辺のため池の畔でテントを張りましょう。


<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所情報はKMLファイルに入っています>

79天皇寺(てんのうじ)
香川県坂出市西庄町にある寺院。宗派は真言宗御室派。金山の麓に日本武尊のゆかりの八十八の泉がある。弘法大師がこの泉の付近を巡錫中に霊感を得て、近くの霊木で十一面観世院菩薩と阿弥陀如来、愛染明王を刻んで泉の水源に安置したのが始まり。山号を金華山、院号を高照院と称し、天皇寺高照院とも呼ばれる。境内は崇徳上皇を祀る白峰宮に隣接し、元は白峰宮の神宮寺であった。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:十楽の 浮き世の中を 訪ぬべし 天皇さえも さすらいぞある

80讃岐国分寺(さぬきこくぶんじ)
香川県高松市国分寺町国分にある真言宗御室派の寺院。奈良時代に聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、讃岐国国分寺の後継寺院にあたる。行基菩薩が開基し十一面千手観世音菩薩を刻み安置した。後に弘法大師が尊像を補修して霊場に定められた。札所寺院としては単に「国分寺」と称するのが通例である。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:国を分け 野山をしのぎ 寺々に

詣れる人を 助けましませ
(野宿適地)
綾坂大橋(橋の下)
かんぽの宿坂出(温泉)
白峰展望台

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81白峯寺(しろみねじ)
香川県坂出市にある真言宗御室派の寺院。五色台の西にある白峰にあり、崇徳天応の御陵が有ることで知られている。弘法大師が宝珠を山中に埋め開基された。のちに智証大師が山頂の瑞光を見て不思議に思っていると、山の鎮守が現れて山中に導き霊地である事をつげられた。智証大師は瀬戸内海で異香を放つ流木を引き上げて千手観世音菩薩を刻まれ本尊として安置した。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:霜寒く 露白妙の 寺のうち 御名を唱ふる 法の声々



82根香寺(ねごろじ)
香川県高松市中山町にある天台宗単立の寺院。弘法大師は入唐前に青峰に登って草庵を結び霊場とした。その後智証大師がここを訪れた時白髪の老翁が現れ、「ここは観世音の霊地である。毘沙門谷に行場を法華渓には本堂を、後夜谷の香木で本尊の千手観世音菩薩を刻む様に」とつげた。その後老僧と会うが山の守護神の山王権現であったことから、市之瀬明神と山王権現を鎮守として祀り、香木で観世音を刻んで安置した。この香木の根の香りがあまりにも高いので寺名となった。又香が川に流れて香るので香川の県名となったともいう。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく そわか
御詠歌:宵の間の たえふるしもの 消えぬれば あとこそ鐘の 勤行の声
(野宿適地)
中山休憩所
五色台少年自然センター

83一宮寺(いちのみやじ)
香川県高松市一宮町にある真言宗御室派の寺院。義淵僧正が開基し始めは大宝院と称したが、諸国に一ノ宮が建てられた時、行基菩薩が伽藍を修築して田村神社の第一別当職となり名前も一ノ宮寺に改められた。後に弘法大師が留まり聖観世音菩薩を刻んで本尊とした。讃岐国一宮の田村神社に隣接する。
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしら言ふ




天然温泉きらら
S屋島第一健康ランド
東屋
二つ池休憩所東屋

84屋島寺(やしまじ)
香川県高松市屋島東町にある真言宗御室派の寺院。来日した鑑真は大宰府を出発して難波へ向かったが途中屋島に立ち寄り北嶺に普賢堂を建てその弟子恵雲律師が堂宇を整備して住職になった。これが寺の草創で。後に弘法大師が勅命にて一夜の内に本堂を建立し、十一面観千手千眼観世音を刻んで安置した。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:梓弓 屋島の宮に詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ




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ルート情報79番から84番 KMLファイル

70番 本山寺から79番 天皇寺まで(2日間コース)

70番から79番まで41.5km2日間コースです。いよいよお大師さんの故郷75番 善通寺にお参りいたします。
お遍路路も残りわずか、何と無く心に隙間が出来てきたのでは?
ここらで少し寄り道して気分転換も良いと思います。75番を打ち終えたあと讃岐の金刀比羅宮にお参りしてはどうですか?
電車に乗っても、寄り道道中ですので、元に戻り再スタートすれば88箇所歩き遍路に変わりません。本日は野宿のプライドをすこし横において、善根宿「まんだら」にお世話になり、他のお遍路さんと交流するのも良いでしょう。
あくまで野宿する場合、運動公園等です。


<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所情報はKMLファイルに入っています>

70本山寺(もとやまじ)
香川県三豊市にある高野山真言宗の寺院。平城天皇の勅願により弘法大師が一夜の内に建立したと伝わっている。ご本尊の馬頭観世音、脇士の阿弥陀如来と薬師如来はこの時期に彫られ安置された。戦国時代長宗我部の軍勢は寺へ進駐しようとしたが住職に拒まれた為、切り殺してしまう。やがて内陣厨子が開きご本尊の手から血が出ており驚いた武士は境内から退き戦禍を免れた。山号は七宝山(しっぽうざん)。詳名は七宝山持宝院本山寺。開山は空海(弘法大師)と伝える。鎌倉時代再建の本堂は国宝に指定されている。
本尊真言:おん あみりと どはんば うん はった そわか
御詠歌:本山に 誰か植えける 花なれや 春こそ手折れ たむけにぞなる
(野宿適地)
枯木地蔵堂
妙音寺
池の中東屋
緑ヶ丘運動公園
Sたかせ天然温泉
道の駅いやだに温泉
弥谷山ふれあいの森公園
Sふれあいパークみの

71弥谷寺(いやだにじ)
香川県三豊市三野町にある真言宗善通寺派大本山の仏教寺院。標高382mの弥谷山南麓に所在。行基菩薩がこの山に登ったところ四国始め中国地方が展望できた。そこで東の峰に阿弥陀如来、西の峰に釈迦如来を安置した。後に大師が求聞持の秘法を修されていると、五柄の剣を得ると共に金剛蔵王権現のお告げが有りそれに基づき千手観世音を刻んで本尊とし伽藍を再興した。剣五山の山号もこれによる。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:悪人と 行き連れなんも 弥谷寺 ただかりそめも 良き友ぞよき

72曼荼羅寺(まんだらじ)
香川県善通寺市にある真言宗善通寺派の寺院。寺は弘法大師の祖先である佐伯家の氏寺として創建されたが大師留学後ご本尊の大日如来を勧請し金胎曼陀羅を安置し唐の清龍寺に模して伽藍を建立し寺号を我拝師山曼陀羅寺とした。境内には西行法師の[笠掛桜」と「昼寝石」の遺構がある。本堂から回廊づたいの観音堂には豊満端麗な尊様の聖観世音が安置されており、藤原時代の作と伝わる。
本尊真言:おん あびらうんけん ばさらだどばん
御詠歌:わずかにも曼荼羅拝む人はただ再び三度帰らざらまし


73出釈迦寺 (しゅっしゃかじ)
香川県善通寺市にある真言宗御室派の寺院。弘法大師は7歳の時この山に登り「仏門に入って多くの人を救いたい。この願いがかなうなら釈迦如来あらわれたまえ。もし願わなくば一命を捨ててこの身を諸仏に供養する」と言って、谷底に身を投げた。この時釈迦如来と天女が現れ、一命を救われた。大師は感激して釈迦如来の像を刻み堂宇を建て出釈迦寺と名づけた。我拝師山頂へは1.5km捨身ヶ獄禅定は是非参拝したい。我拝師山 求聞持院 出釈迦寺と号する。
本尊真言:のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
御詠歌:迷いぬる 六道衆生 救わんと 尊き山に 出ずる釈迦寺

74甲山寺(こうやまじ)
香川県善通寺市にある真言宗善通寺派の寺院。弘法大師は善通寺と曼陀羅寺の間に伽藍を建立しようとその霊地を探していたところ、甲山の麓の岩窟から老翁が現れ、暗示を受けた。大師は感激し石を割って毘沙門天の尊像を刻んで岩窟に安置した。その後、満濃池築造の別当に任ぜられて当地に赴任し薬師如来を刻んで工事の成功を祈願した。その徳を慕う農民により工事は完成した。そこで堂宇を建立し薬師如来を本尊として安置した。
医王山 多宝院 甲山寺と号する。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:十二神 味方に持てる 戦には 己と心 兜山かな

(野宿適地)
ホタル見公園

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75善通寺 (ぜんつうじ)
香川県善通寺市にある寺院。真言宗善通寺派総本山。屏風浦五岳山誕生院と号する。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第七十五番、真言宗十八本山一番札所。和歌山県の高野山、京都府の東寺と共に弘法大師三大霊場に数えられる。平安時代初頭の807年に真言宗開祖空海の父である佐伯善通を開基として創建された。伽藍は創建地である東院と、空海生誕地とされる西院(御誕生院)に分かれている。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:我住まば よも消え果てじ 善通寺 深き誓いの 法の灯し火

76金倉寺(こんぞうじ)
香川県善通寺市金蔵寺町にある寺院。山号を鶏足山と称し、正式名は鶏足山宝幢院金倉寺(けいそくざんほうどういんこんぞうじ)。開基は和気道善、宝亀5年(774年)の創建と伝える。四国八十八箇所霊場の第七十六番札所。本尊は薬師如来、宗派は天台寺門宗。
円珍(智証大師)の生誕地として知られる。明治期には乃木希典が客殿を仮住まいにしていた時期があり、客殿には乃木ゆかりの品々が展示され、境内には銅像もある。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:まことにも 神仏僧を ひらくれば 真言加持の 不思議なりけり
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S銭湯大正湯
金刀比羅宮

77道隆寺(どうりゅうじ)
香川県多度津町にある真言宗醍醐派大本山の寺院。749年の頃この地は一大桑園であった。この桑園で和気道隆は誤って乳母を弓で射殺した。嘆き悲しんだ道隆はその供養の為桑の木で薬師如来の小像を刻み小堂を建て安置した。これがこの寺の始まりとされる。その後、弘法大師が薬師如来を刻んで小像を胎内に納め本尊とした。桑多山 明王院 道隆寺(そうたざん みょうおういん どうりゅうじ)と号する。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:願いをば 仏道隆に 入り果てて 菩提の月を 見まくほしさに

(野宿適地)
まんだら
丸亀運動公園

78郷照寺(ごうしょうじ)
香川県宇多津町にある時宗の寺院。行基菩薩により開基された。ご本尊の阿弥陀如来は行基菩薩の作とされている。後に弘法大師が荒廃した伽藍を改築し霊場と定めた。やがて理源大師や一遍上人が伽藍を再興した。天正の兵火で焼失したがその後伽藍は復興した。寛永年間には時宗の改められた。山号は仏光山。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:踊り跳ね 念仏唱う 道場寺 拍子を揃え 鐘を打つなり



S四国健康村
うたんぐら(このあたり)
S癒しの里さらい
八十場の水

79天皇寺(てんのうじ)
香川県坂出市西庄町にある寺院。宗派は真言宗御室派。金山の麓に日本武尊のゆかりの八十八の泉がある。弘法大師がこの泉の付近を巡錫中に霊感を得て、近くの霊木で十一面観世院菩薩と阿弥陀如来、愛染明王を刻んで泉の水源に安置したのが始まり。山号を金華山、院号を高照院と称し、天皇寺高照院とも呼ばれる。境内は崇徳上皇を祀る白峰宮に隣接し、元は白峰宮の神宮寺であった。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:十楽の 浮き世の中を 訪ぬべし 天皇さえも さすらいぞある

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ルート情報70番から79番 KMLファイル

65番 三角寺から70番 本山寺まで(2日間コース)

65番から70番までの44.3kmを2日間で歩きます。
66番への道は四国88箇所霊場で最高所にあり遍路ころがし最後の難関です。
66番へは全長2600mの巨大ロープウエーが存在するが、歩き遍路には無縁の俗物です。
我々は境目峠、曼陀峠と県境に沿って尾根道をひたすら歩きます。そしてたどり着いた66番頂上から見る景色を堪能したら、ロープウエイを左に見ながら67番に降りていきます。
野宿地はロープウエイ下車駅近くの東屋か白藤大師堂。



<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所情報はKMLファイルに入っています>
65三角寺(さんかくじ)
愛媛県四国中央市金田町三角寺75にある高野山真言宗の寺院。聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基し、弘法大師がご本尊の十一面観世音菩薩を刻まれさらに不動明王を刻み三角形の護摩壇を築き21日間に降伏の秘法を修された。三角寺の寺号はこの護摩壇に由来する。由霊山(ゆれいざん)、慈尊院(じそんいん)と号す。三角寺山(海抜450m)の中腹にありかつてはかなりの厳しい山道を登らねばならぬ難所寺であったという。伊予国最後の札所である。ご本尊は子安観音、厄除観音として信仰されている。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:おそろしや三つの角にも入るならば 心をまろく慈悲を念ぜよ

(野宿適地)
佐野バス停
別格14 椿堂

66雲辺寺(うんぺんじ)
徳島県三好市池田町白地ノロウチの雲辺寺山山頂に位置する真言宗御室派の寺院である。弘法大師が16歳の頃、寺の材木を求めて登山した所、深淵な霊山の趣に心惹かれ堂宇を建立したのが始まり。その後、嵯峨天皇の勅によりご本尊千手観世音菩薩を刻み仏舎利と盧舎那仏法印(仏法石)を山中に納め霊場にさだめられた。巨鼈山(きょごうざん)、千手院(せんじゅいん)と号する。
阿波秘境祖谷渓・大歩危七福神霊場めぐりの毘沙門天。八十八箇所中で最も標高が高い札所である。現在はロープウエーが開通してるが歩き遍路には横峰寺を上回る遍路ころがしに思える。
本尊真言:おん ばさらたらま きりく そわか
御詠歌:はるばると雲のほとりの寺に来て 月日を今はふもとにぞみる
(野宿適地)
雲辺寺ロープ駅近く東屋
白藤大師堂

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67大興寺(だいこうじ)
香川県三豊市にある真言宗善通寺派の寺院である。嵯峨天皇の勅願により弘法大師が熊野三所権現鎮護の霊場として開基しご本尊の薬師如来を刻んで安置された。後に真言・天台の2宗により管理され大伽藍となったが、その後の兵火で本堂を除き焼失した現存の建物は江戸時代に再建されたもの。小松尾山(こまつおざん)、不動光院(ふどうこういん)と号す。
本尊真言 : おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:植えおきし小松尾寺を眺むれば 法のおしえの風ぞ吹きぬる


68神恵院(じんねいん)
香川県観音寺市にある真言宗大覚寺派の寺院。法相宗の日証上人が山頂で修行中海の彼方に神船が浮かんで琴の音が聞こえ、宇佐八幡のお告げがあったのでその神船と琴を山頂に祀った。この神船は神功皇后ゆかりの船であったので、皇后の像も合祀し八幡の本地仏である阿弥陀如来像を安置した。後に弘法大師が巡錫いて阿弥陀如来の尊像を描いて本尊とし霊場とし寺号を琴弾山神恵院とした。明治の神仏分離により八幡宮に安置の阿弥陀如来は観音寺に移され、琴弾八幡宮と神恵院に分離独立し神恵院は観音寺と同居の形になった。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:笛の音も 松吹く風も 琴弾くも 歌うも舞うも 法の声々


(野宿適地)
観音寺市総合運動公園

69観音寺(かんおんじ)
香川県観音寺市にある真言宗大覚寺派の寺院。大師は神恵院を霊場に定めた時、神功皇后は観世音の生まれ変わりとして聖観世音菩薩を刻み山の中腹に観音寺を創建しして八幡宮の別当寺として霊場に定めた。山号は七宝山。六十八番札所神恵院(じんねいん)と同じ境内にある。
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ




(野宿適地)
琴平公園

70本山寺(もとやまじ)
香川県三豊市にある高野山真言宗の寺院。平城天皇の勅願により弘法大師が一夜の内に建立したと伝わっている。ご本尊の馬頭観世音、脇士の阿弥陀如来と薬師如来はこの時期に彫られ安置された。戦国時代長宗我部の軍勢は寺へ進駐しようとしたが住職に拒まれた為、切り殺してしまう。やがて内陣厨子が開きご本尊の手から血が出ており驚いた武士は境内から退き戦禍を免れた。山号は七宝山(しっぽうざん)。詳名は七宝山持宝院本山寺。開山は空海(弘法大師)と伝える。鎌倉時代再建の本堂は国宝に指定されている。
本尊真言:おん あみりと どはんば うん はった そわか
御詠歌:本山に 誰か植えける 花なれや 春こそ手折れ たむけにぞなる

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ルート情報65番から70番 KMLファイル

63番 吉祥寺から65番 三角寺まで(2日間コース)

63番から65番まで49.4km、2日間コースです。
64番へは3.3km、64番からは久しぶりのロングコースです。
石鎚温泉で身体を癒し、2日かけてゆっくり着実に歩きましょう。
野宿地は新浜市民の森キャンプ場あたりか?


<各札所と野宿候補地、温泉、銭湯の情報ーー場所情報はKMLファイルに入っています>

63吉祥寺(きちじょうじ)
愛媛県西条市にある東寺真言宗の寺院である。ご本尊は毘沙門天で脇士は吉祥天と善膩師童子、弘法大師が人々の貧苦を救わんものと一刀三礼して刻まれた。密教山(みっきょうざん)、胎蔵院(たいぞういん)と号す。本尊が毘沙門天であるのは八十八箇所では本寺のみ。本堂前の成就石に向かって目をつぶり金剛杖を前にかざして願い事を念じながら歩き出す。そして石の穴に杖が通れば願い事が適う。寺宝にはマリヤ観音像がある。
本尊真言:おん べいしら まんだや そわか
御詠歌:身のうちの悪しき悲報を打ちすてて みな吉祥を望み祈れよ

64前神寺(まえがみじ)
愛媛県西条市州之内にある真言宗石鈇派総本山の寺院。石鎚山は役の小角によって開かれた日本7霊山の一つの麓に位置する。小角は山頂で苦行し蔵王権現を感得し尊像を刻んで奉安した。その後桓武天皇が病気平癒を祈願し成就したので七堂伽藍を建立し金色院前神寺とした。その後弘法大師も登山して求聞持法を修し霊場に定めた。前神寺は山頂にある石鉄権現の別当寺で明治の神仏分離で現在地に移った。山頂近くの成就には前神寺の出張所があり、ここを奥前神寺、麓の本寺を里前神寺と呼ぶ。石鈇山(いしづちさん)、金色院(こんじきいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:前は神うしろは仏 極楽のよろずの罪をくだく いしづち



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(野宿適地)
S石鎚温泉
戸川公園
S湯之谷温泉
坂之下大師堂
新浜市民の森キャンプ場
やじま風公園
 別格 延命寺(前に東屋)
新長谷寺前休憩所
ひよけ大師
三島公園

65三角寺(さんかくじ)
愛媛県四国中央市金田町三角寺75にある高野山真言宗の寺院。聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基し、弘法大師がご本尊の十一面観世音菩薩を刻まれさらに不動明王を刻み三角形の護摩壇を築き21日間に降伏の秘法を修された。三角寺の寺号はこの護摩壇に由来する。由霊山(ゆれいざん)、慈尊院(じそんいん)と号す。三角寺山(海抜450m)の中腹にありかつてはかなりの厳しい山道を登らねばならぬ難所寺であったという。伊予国最後の札所である。ご本尊は子安観音、厄除観音として信仰されている。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:おそろしや三つの角にも入るならば 心をまろく慈悲を念ぜよ

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ルート情報63番から65番 KMLファイル

59番 国分寺から63番 吉祥寺まで(2日間コース)

59番から63番まで2日間コースです。
60番への道は88箇所の最難関です。遍路道は雨天は川になり危険です。
下流の妙谷川の水位が指標になります。雨天時や川幅いっぱいに水量がある時は
遍路路は最悪の状態と思ってください。
危険ですので国道11号線を61番~63番まで打ち、車道経由60番を打ちもどる
コースを選びましょう。
歩き遍路が遭難してはシャレになりません、修行不足、信仰心不足と笑われるだけですよ!!
通常コースは41km、打戻りコースは50kmです。
60番麓で野宿するか、60番の駐車場をお借りするかどちらにしましょうか?


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59伊予国分寺(いよこくぶんじ)
愛媛県今治市国分に位置する真言律宗の寺院。聖武天皇の勅願で行基菩薩が開基、七堂伽藍が整備されて諸国の国分寺より豪壮な構えであったが、四度の戦火で茅葺の小堂のみになったが、江戸時代恵光上人が金堂を建立しその後諸堂が再興された。寺には弘法大師の五大尊の絵像、真如上人も法華経の染筆
を残している。金光山(こんごうざん)、最勝院(さいしょういん)と号す。本尊は薬師瑠璃光如来(薬師如来)。札所寺院としては、単に「国分寺」と称するのが通例である。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:守護のため建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ薬師なりけり
(野宿適地)
S小町温泉しこくや
大師堂
東屋
湯浪休憩所 八幡神社
休憩所
S湯浦温泉クワハウス今治
栴檀寺(世田薬師)
栴檀寺奥の院
S休暇村瀬戸内東予
休暇村キャンプ場
へんろ道楠庵
日切大師(弘福寺)
S銭湯神明湯
接待所
S本谷温泉
本谷公園

60横峰寺(よこみねじ)
愛媛県西条市小松町にある真言宗御室派の寺院。役行者小角が星が森で練行中に石鎚山頂に蔵王権現が示現した。そこで小角はその尊像を刻み小堂を建て安置した。弘法大師は星が森で星供を行い、21日間14KM離れた石鎚山へ日参され結願の日に再度蔵王権現が示現したので当山を霊山とおもわれ、大日如来を刻み本尊とし伽藍を建立した。四国88箇所第一の難所といわれ車を利用しても途中から急勾配の山道を登らなければならない。石鈇山(いしづちざん)、福智院(ふくちいん)と号す。
本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌:たて横に峰や山辺に寺たてて あまねく人を救うものかな



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(野宿適地)
横峰寺頂上駐車場
金属橋
東屋
白滝奥の院 前に東屋
東屋

61香園寺(こうおんじ)
愛媛県西条市(旧周桑郡小松町)にある真言宗系の単立寺院(元御室派の寺院)。用明天皇の病気平癒を祈って聖徳太子が創建した事が始まり、その時金衣白髪の老翁が飛来してご本尊の大日如来を安置したと伝わる。その後、行基菩薩、弘法大師が巡錫した。この地で身重で苦しんでいる女を見かけた大師は身軽になる様に加持をされたら女は玉のような男の子を出産した。この勝縁によって、大師は唐から持ち帰った大日如来の金像をご本尊の胸に納め、栴檀の香を焚いて護摩修法された。これに因んで山栴檀山(せんだんさん)香園寺とした。。院号は教王院(きょうおういん)。子安大師の寺として親しまれている。
本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌:後の世を思えばまいれ香園寺 止めて止まらぬ白滝の水

62宝寿寺(ほうじゅじ)
愛媛県西条市小松町にある高野山真言宗の寺院。聖武天皇の勅願で伊予一の宮の法楽所として建立された。その後、弘法大師は寺に長くとどまり光明皇后にかたどった十一面観世音菩薩を刻んで本尊とし寺号を宝寿寺とされた。その頃国司越智公の夫人は難産で大師の祈祷を乞われ、大師は境内の玉乃井の水を加持して夫人に与えた所、若君を安産し玉澄と命名した。それ以来安産の観世音として信仰を集めている。天養山(てんようざん)、観音院(かんおんいん)と号す。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:五月雨のあとに出でたる玉の井は白坪なるや一の宮かわ

63吉祥寺(きちじょうじ)
愛媛県西条市にある東寺真言宗の寺院である。ご本尊は毘沙門天で脇士は吉祥天と善膩師童子、弘法大師が人々の貧苦を救わんものと一刀三礼して刻まれた。密教山(みっきょうざん)、胎蔵院(たいぞういん)と号す。本尊が毘沙門天であるのは八十八箇所では本寺のみ。本堂前の成就石に向かって目をつぶり金剛杖を前にかざして願い事を念じながら歩き出す。そして石の穴に杖が通れば願い事が適う。寺宝にはマリヤ観音像がある。
本尊真言:おん べいしら まんだや そわか
御詠歌:身のうちの悪しき悲報を打ちすてて みな吉祥を望み祈れよ

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ルート情報59番から63番(通常) KMLファイル

ルート情報59番から63番(打戻り)KMLファイル

53番 圓明寺から59番 国分寺まで(2日間コース)

53番から59番まで2日間コース53.7kmです
53番 圓明寺をでてしばらく歩くと瀬戸内海が見える様になります。松山を出て
北条市、今治市と瀬戸内海を左に見ながらしばらくは平たんな道が続きます。
愛媛の人はお遍路さんにやさしいお接待攻勢にうれし涙します。
ビバークは公園や大師堂をお借りする、中でも青木地蔵はご推薦です。
これから先は札所間距離が短く一挙に打ち続ける事になります。
お遍路も終盤になり心中複雑になる今日この頃です。


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53圓明寺(えんみょうじ)
愛媛県松山市にある真言宗智山派の寺。聖武天皇の勅願により和気西山の海岸に創建され江戸時代に現在地に再興された。ご本尊は行基菩薩作の阿弥陀如来。須賀山(すがざん)、正智院(しょうちいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:来迎の弥陀の光の円明寺 照りそう影は夜な夜なの月





(野宿適地)
太山寺 奥の院
遍照院(厄除大師)
瓦のふるさと公園
青木地蔵
伊予亀岡駅
五郎兵衛大師
星の浦海浜公園
藤山健康文化公園
粟井坂大師堂
西ノ下大師堂
お堂
別府公園
赤大師
養護院(杖大師)
鎌大師
阿弥陀堂
あさなみ駅
小竹地蔵堂

54延命寺(えんめいじ)
愛媛県今治市阿方にある真言宗豊山派の寺院。寺の創建は行基菩薩が不動明王を刻み本尊として安置した事に始まる。当時は近見山頂にあった。その後、嵯峨天皇の勅願で弘法大師が再興し近見山円明寺と号した。その後度々兵火に会いその度に寺は移転し、やがて山の麓に移建された。明治以降に延命寺とあらためられた。近見山(ちかみざん)、宝鐘院(ほうしょういん)と号す。
本尊真言:のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
御詠歌:くもりなき鏡の縁とながむれば 残さず影をうつすものかな


55南光坊(なんこうぼう)
愛媛県今治市にある真言宗醍醐派の寺院。大三島に合った大山ずみ神社の別宮の内の8坊をこの地に移した、その後、兵火で8坊は焼失しそのなかで禄の少ない南光坊のみが再興され、明治の神仏分離まで別宮の法楽所として存続した。昭和の戦災で本堂、薬師堂などをうしなったが近年本堂が再興された。別宮山(べっくさん)、金剛院光明寺(こんごういんこうみょうじ)と号す。本尊は大通智勝如来。
本尊真言:おん まか びじゃな じゃなのう びいぶう そわか (なむ
御詠歌:このところ三島に夢のさめぬれば 別宮とても同じ垂迹


56泰山寺(たいさんじ)
愛媛県今治市小泉にある真言宗醍醐派の寺院。この地の蒼社川は梅雨時に毎年氾濫し人命を奪った、人々は人取川と恐れ悪霊の仕業と考えていた。そこで弘法大師は河原に壇を築き土砂加持の秘法を修された。その時、地蔵菩薩を感得したので一寺を建立しご本尊を安置した。その後、天皇の勅願所となり七堂伽藍も完備の大寺となったが度重なる兵火で縮小し山麓の現在地に移築された。淳和金輪山(きんりんざん)勅王院(ちょくおういん)と号す。本尊は地蔵菩薩。
本尊真言:おん かかかび さんまえい そわか
御詠歌:みな人のまいりてやがて泰山寺 来世の引導たのみおきつつ



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S清正の湯

57栄福寺(えいふくじ)
愛媛県今治市玉川町にある高野山真言宗の寺院。嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開基した。大師が瀬戸内海を巡錫し内海の風浪海難の平穏を祈って護摩を修されているとたちまち海は穏やかになり、海中より阿弥陀如来を感得しご本尊として安置した。本堂回廊には昭和8年に奉納されたイザり車と松葉杖がある。奉納者は当時15歳で巡拝中にこの地で歩ける様になり、感謝のイザり車を奉納した。府頭山(ふとうざん)、無量寿院(むりょうじゅいん)と号す。
本尊真言:おん あみりた ていせい からうん
御詠歌:この世には弓矢を守る八幡なり 来世は人を救う弥陀仏


58仙遊寺(せんゆうじ)
愛媛県今治市玉川町にある高野山真言宗の寺院。天智天皇の勅により国守越智守興が堂宇を建て開基した。ご本尊の千手観世音菩薩は龍女は刻んだとも言われ天智天皇の守護仏であった。その後、阿坊仙人と称する僧が40年間参籠し突然、天雲の如く忽然と消えた。寺名はその阿坊仙人に因んでいる。作礼山(されいざん)、千光院(せんこういん)と号す。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
御詠歌:立ち寄りて作礼の堂に休みつつ 六字をとなえ経を詠むべし


(野宿適地)
仙遊寺下休憩所(東屋)

59伊予国分寺(いよこくぶんじ)
愛媛県今治市国分に位置する真言律宗の寺院。聖武天皇の勅願で行基菩薩が開基、七堂伽藍が整備されて諸国の国分寺より豪壮な構えであったが、四度の戦火で茅葺の小堂のみになったが、江戸時代恵光上人が金堂を建立しその後諸堂が再興された。寺には弘法大師の五大尊の絵像、真如上人も法華経の染筆
を残している。金光山(こんごうざん)、最勝院(さいしょういん)と号す。本尊は薬師瑠璃光如来(薬師如来)。札所寺院としては、単に「国分寺」と称するのが通例である。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:守護のため建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ薬師なりけり

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ルート情報53番から59番(遍)KMLファイル

45番 岩屋寺から53番 圓明寺まで(2日間コース)

45番から53番までの2日間コース
途中51番~52番は道後温泉通過後、松山市内を迂回する遍路道コースとgoogle
Mapの公道中心に市街を通るコースを用意しました両コース共総距離53.1kmです。
45番~46番まではバス停、大師堂などが野宿適地ですが、48番以降は松山市街地に入り、野宿地選びに苦労します。公園、橋の下など頑張って探して下さい。
時には有難いご接待を受ける場合もあります。
その時は「野宿で修業中ですので」等と断らず、有難いご接待を受けてください、人の好意の有難さを知る、これも修行です。
46番以降は市街地中心で札所間が短く道に迷いやすい所ですが、風太くんにはGPSの強い味方があります。
なお51番近くに道後温泉があります。修行の身ですが、酷使した身体のケヤーに時間を取ってゆったりとお湯に浸かってください。

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45岩屋寺(いわやじ)
愛媛県上浮穴郡久万高原町(旧美川村)にある真言宗豊山派の寺院。この深山に昔、法華仙人という不思議な神通力を持った女が住んでいた。大師がこの地を訪れた時、この女は大師に帰依し1山を献じて大往生を遂げた。大師は不動明王の木像と石像の2体を刻み、木像は本堂で石像は山に封じ込め、山そのものをご本尊不動明王として護摩修法された。山号は海岸山(かいがんざん)。
本尊真言:のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
御詠歌:大聖の祈る力のげに岩屋 石のなかにも極楽ぞある







(野宿適地)
三坂峠観音堂
R古岩屋温泉にランドリー
大師堂
於久万大師
網掛石・網掛け大師
東明神レストパーク
休憩所
休憩所

46浄瑠璃寺(じょうるりじ)
愛媛県松山市にある真言宗豊山派の寺院。寺の境内には天然記念物の伊吹柏槙が生い茂っており、本堂前には仏足石が祀られている。ご本尊は行基菩薩が刻まれた薬師如来。寺の創建は和銅年間で薬師如来の別名瑠璃光如来から寺号を浄瑠璃寺とした。医王山(いおうざん)、養珠院(ようじゅいん)。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:極楽の浄瑠璃世界たくらえば うくる苦楽は報いならまし




47八坂寺(やさかじ)
愛媛県松山市にある真言宗醍醐派の寺院。701年伊予守玉興公が寺を創建し文武天皇の勅願寺となり、伽藍を建てるに当たり8カ所の坂道を切り抜き道をつけられたので、八坂寺の寺号がつけられた。ご本尊の阿弥陀如来は恵心僧都の作。近くにある文殊院徳盛寺は四国遍路の元祖と言われる衛門三郎の菩提寺で三郎の屋敷跡でもある。三郎の8人の子を埋葬した八塚もある。熊野山(くまのざん)、妙見院(みょうけんいん)と号する。、伊予十三仏霊場第十番札所である。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:花を見て歌詠む人は八坂寺 三仏じょうの縁とこそ聞け

(野宿適地)
別格09 文珠院
札始大師堂
S南道後温泉ていれぎの湯
大師堂
杖ノ渕
とべ温泉、総合公園
大橋公園(橋のしたもOK)

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48西林寺(さいりんじ)
愛媛県松山市高井にある真言宗豊山派の寺院。聖武天皇の勅願によって行基菩薩が徳威の里に開基した。後に弘法大師が現在地に寺を移し、十一面観世音菩薩を刻んで本尊とした。又大師は大干ばつに悩む村民を救うため、杖を所々について清水の湧き出る水脈を発見し、住民を潤した。寺の西南にある「杖の淵」はその遺跡。清滝山(せいりゅうざん)、安養院(あんよういん)と号す。伊予十三仏霊場の第八番札所。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:弥陀仏の世界をたずね行きたくば 西の林の寺にまいれよ

(野宿適地)
石手中組延命地蔵尊
Sユートピア温泉東道後

49浄土寺(じょうどじ)
愛媛県松山市にある真言宗豊山派の寺院。孝謙天皇の勅願所として開基された。本尊は行基菩薩作の釈迦如来。空也上人が浄土寺に3年留まり、民衆の教化に励まれた。この地を去るに当たり村人の懇願により自像を刻んで残したという。後に弘法大師が巡錫し伽藍を再興している。山号は西林山(さいりんざん)。院号は三蔵院(さんぞういん)、伊予十三仏霊場の第二番札所である。
本尊真言:のうまくさんまんだ ぼだなん ばく
御詠歌:十悪のわが身を捨てずそのままに 浄土の寺へまいりこそすれ


50繁多寺(はんたじ)
愛媛県松山市畑寺町32にある真言宗豊山派の寺院。東山(ひがしやま)、瑠璃光院(るりこういん)と号す。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第五十番札所。
松山市を見下ろす淡路山の中腹にあり、山門からの展望が素晴らしく、松山城や瀬戸内海までが俯瞰でき背後には鬱蒼とした樹木が繁る。境内周辺は景観樹林保護地域に指定されており、サクラや秋の紅葉の名所でもある。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:よろずこそ繁多なりとも怠らず 諸病なかれと望み祈れよ


51石手寺(いしてじ)
愛媛県松山市石手にある真言宗豊山派の寺院。熊野山(くまのさん)、虚空蔵院(こくうぞういん)と号す。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第五十一番札所。遍路の元祖とされる衛門三郎の再来伝説ゆかりの寺でもある。
道後温泉の温泉街から近いため、遍路の他にも、観光客で賑わうことが多く、2009年3月、ミシュランガイド(観光地)日本編において1つ星に選定された。
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:西方をよそとは見まじ安養の 寺にまいりて受くる十楽

S放生園足湯(からくり時計前)


52太山寺(たいさんじ)
愛媛県松山市にある真言宗智山派の寺院。用明天皇の頃、豊後の真野と言う長者が高浜沖で難破しようとしたとき、信仰していた十一面観世音に救われたので報恩の為、寺を創建しその本尊を安置した。後に聖武天皇の勅願で行基菩薩が十一面観世音を刻んで正面厨子内に安置されている。瀧雲山(りゅううんざん)、護持院(ごじいん)と号す。伊予十三仏霊場の第三番札所。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌:太山へ登れば汗の出でけれど後の世思えば何の苦もなし





53圓明寺(えんみょうじ)
愛媛県松山市にある真言宗智山派の寺。聖武天皇の勅願により和気西山の海岸に創建され江戸時代に現在地に再興された。ご本尊は行基菩薩作の阿弥陀如来。須賀山(すがざん)、正智院(しょうちいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌:来迎の弥陀の光の円明寺 照りそう影は夜な夜なの月






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ルート情報45番から53番(G)KMLファイル

ルート情報43番から45番(遍)KMLファイル